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おきな様は永らえたい~年配たちの健在頭脳戦~ ④

小説
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『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』パロディ小説。4ページ目。



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備考

登場人物

  • 龍団十郎(りゅうだんじゅうろう)……主人公。90歳。
  • 虎山滝臣(とらやまたきおみ)……団十郎のライバル。90歳。
  • 龍沙耶佳(りゅうさやか)……トラブルメーカー。24歳。

時代設定

 20XX年です。


その①へ その②へ その③


おきな様は食べたくない

 虎山のやった所業。
 それはあまりの早業。
 沙耶佳と団十郎の視線を空へ誘導した虎山は、ポケットから素早くスマホを取り出し、孫とのライングループを開く。
 そしてフリック入力で一瞬のうちにこう指示を出したのだ。
『今すぐ店を閉じろ。補填はいくらでもする。団十郎の昼飯はこっちで用意する。店を閉じる旨を、団十郎にラインで伝えろ。このラインメッセージの事は、団十郎に教えるな』
 この間、わずか8.73秒!
 米粒に般若心経を書けるほど手先が器用な虎山にとって、このくらいの早業は朝飯前なのだ。

 昼食が来るから今は食べられない、という大義名分を失った団十郎。
 あとで食べる理由を、『3時のおやつにしたいから』という言い訳にしておけばよかったものを、大事な部分をおざなりにした団十郎の痛恨のミスだった。

 団十郎が歯ぎしりをして悔しがっていると、
「ほれ、これがお前の分じゃ」
 空になった袋を投げ捨て、目がすわった虎山がかた焼きを1枚、団十郎に差し出してきた。それを拒む理由を、団十郎はすぐに思いつけない。
 沙耶佳がニコニコしてこちらの様子を窺っている手前、あまり時間に猶予はない。
(ぐぬぬっ、もう食べるしかないのか……)
 団十郎と虎山、全身を震わせながら同タイミングでかた焼きをゆっくり口に運ぶ。
(もう抗う術はないのか……!)

 団十郎が喜寿を迎えた頃、エロサイトから架空請求が来た。有料動画は見た記憶のない団十郎だったが相当に焦り、ネットを駆使して解決策を模索した。
 そして見事、無視、という答えにたどり着いた。
 この事件から、団十郎は学んだのだ。
 どんな問題でも打開策はあるのだ、と。

(そういえばさっき、どうして滝臣は……)
 かた焼きが口までたどり着くまであと2センチ。
 団十郎の脳裏に、何かが引っかかった。
(あんな事を……)
 あと1センチ。
(どうして滝臣はあんな事をしたんだ!!)
 その時。
 まさに天啓。
 団十郎は目を見開く。
 フル回転させていた脳みそが、ある単純な情景を映し出していた。そこから導き出される、今の状況から抜け出すための明快な回答。
(そうだ……。さっき滝臣は、なぜ袋を投げ捨てたんだ……!)

「滝臣よ」
 あと1秒で、かた焼きが口に入るタイミングで、団十郎は隣の人間に話しかけた。
「もしかしてこのかた焼き、2つしかないのか?」
「あっ? ああ、そうみたいだな」
 団十郎と同様、口の真ん前までかた焼きが来ていた虎山は、そう答えた。

 そう、この特注のかた焼き。
 なんと2つしかなかったのだ。
 通常、市販されている煎餅などは、1つの大きな袋の中に小分けにされている物が入っているのが一般的。
 しかし、団十郎たちが持っているのは、あくまで特注の物。
 虎山はさっき、こんな行動をしたのだ。
 ”空になった”袋を投げ捨てた。
 つまりこの場には、かた焼きは2つしか存在しない!

(ある! この困難から抜け出す方法が!)
 それはあまりに単純、しかし絶対の効果がある。
 それと同時に、それを行う事は沙耶佳には申し訳ない事。
 だが団十郎が1番大切にしている事。

 それは自分の命!

(滝臣になんとか伝えなければ! 儂1人だけがやっても意味がない。2つのかた焼きを同時に排す事に意味がある。沙耶佳に気付かれず、儂と滝臣だけに通ずる何かの合図がないのか……!)

 思索生知、思慮分別、深謀遠慮、熟思黙想、切問近思、千思万考、沈思黙考。
 団十郎はあらゆる脳機関を呼び覚まし覚醒させ、おのが命の危機を脱さんと思考を巡らし続けた。
(滝臣にだけ通ずる、合言葉のような何か! 直接的な表現を使わずに、儂の意図を理解させる方法! 2人だけの──そうかっ!!)

 真相に気付いた名探偵のように、団十郎の脳裏に1本の稲妻が走る!

 団十郎は即座に、思いついたそれを口にした。
「有田焼!」
 自分の持っているかた焼きを指さして、狂ったように歓喜しながら、
「これ有田焼に見えないか!? なぁ滝臣よ!! これ有田焼じゃよな!? 香辛料のせいで赤みがかってるこのかた焼きは、有田焼の美しい赤い紋様とそっくりじゃよな!?」
 唾を飛ばしながら必死に、意味の捉えにくいセリフを吐き続ける団十郎。
「な、何を言っているんだ……?」
「有田焼じゃろ? そうじゃろ? これは有田焼じゃろ?」
 懸命に何かを訴える団十郎の顔色に、虎山は何かを感じ取ったようだった。
「あっ」
 そして虎山は気が付いた。
「あーーーーー! 確かに! これは有田焼だ!!」
「だよな!? そうじゃよな!?」
 老人2人、謎の意思疎通。
「ど、どうしたんですか~?」
 沙耶佳は困惑。
 そんな女性をしり目に、団十郎と虎山は、
「有田焼じゃ!!」
「有田焼だ!!」
 と高笑いを続けた。

「それじゃいただくとするかの」
「そうだな」
 穏やかな表情のまま、老人2人はかた焼きを口へと運ぶ。
 縁側に座った老人が2人。激辛のかた焼きを口内へと入れ──
「あっ」
「あっ」
「あっ」
 団十郎、虎山、沙耶佳の3人が同音の言葉を発した。
 かた焼きが食される事はついになかった。

 なぜなら老人たちは、かた焼きを地面に落としてしまったからだ。

 この場にかた焼きは、2つしか存在しない。
 それらが食べられない状態にならば、追加で補充される心配もない。
「すまん、沙耶佳よ。落としてしまった」
「すまんな」
 白々しくも謝罪するじじい2人。
 わざと手を滑らせたとは露ほども思っていないであろう沙耶佳は、しょうがないですね~、と苦笑いするだけだった。
「あっ、私、もう仕事に戻らないと。お昼ご飯、ちゃんと食べてくださいね」
足早に立ち去った沙耶佳を見送った団十郎たちは、ごてん、と力が抜けたように横たわった。
「助かったわい……」
「助かったな」

 2人の表ざたにしたくない共通の思い出。
 有田焼の皿破壊事件。
 67歳の時、2人で友人宅に遊びに行った際、飾ってあった皿を引っ張り合って”落とし”、粉々に砕いてしまった事件があったのだ。なぜか野良猫のせいという事で片付いてしまったその案件を、2人は墓の下まで秘匿にすると決めていたのだった。この事案は2人の中で、共通の秘密ランキング8位にランクインしている。

 もし団十郎のみがかた焼きを落とした場合、どうなるか。
「これはお前にやる」
 と虎山が言い出す危険性がある。昼飯がないのは周知の事実なため、拒否はしにくい。さすがに2枚目まで地面に落とすのは、わざとではないかと疑われる。これでは団十郎は危機から脱出できない。

 もしくは、こうだ。
 かた焼きを失った団十郎が「儂に遠慮せずに食べてくれ」と先んじて口にする。するとどうなるだろう。雰囲気に逆らえず虎山がそのまま自分で食べるかもしれないし、もしくはやはり、これはお前にやる、と団十郎に押し付けてくるかもしれない。そうなれば押し問答。どちらが負債を抱える事になるかわかったものではない。

 つまりあの時、団十郎と虎山が取れた完璧な答えは、ただ1つ。
 同時に落とす事だけ!
 老獪な2人は、見事、協力し合って困難を乗り越えたのだ。

「ところで今日の儂の昼飯は?」
「……俺ん家で何か食うか?」
「うん」

 本日の勝敗。
(沙耶佳の魔の手から逃れたので)
 団十郎と虎山の勝利。

 これは健在頭脳戦。
 より永らえるため、時に味方を蹴落とし、時に味方と協力して生き抜こうとする、年配たちの戦いである!


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