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おきな様は永らえたい~年配たちの健在頭脳戦~ ③

小説
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『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』パロディ小説。3ページ目。



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備考

登場人物

  • 龍団十郎(りゅうだんじゅうろう)……主人公。90歳。
  • 虎山滝臣(とらやまたきおみ)……団十郎のライバル。90歳。
  • 龍沙耶佳(りゅうさやか)……トラブルメーカー。24歳。

時代設定

 20XX年です。


その①へ その②

その④


おきな様は食べたくない

「く~~~~~!!」
 あまりの言い草に、何かを叫びそうになった団十郎だったが、食いしばる事でそれを回避。
 今のは全て、団十郎の妄想である。
 断じて本物の沙耶佳は、そんな暴言を吐いたりはしない。

(このかた焼きは、とてもじゃないが食べられぬ)
 団十郎は心中で呟き、思考を巡らせる。
(だが”食べたくない”、などとはっきり断言するのはならぬ。ズレてはいるがあくまでこれは、沙耶佳の厚意。相手の厚情を無下にしない事は、世渡りの基本。例え受けるのが億劫な接待だろうが、やりたくもないゲートボールの誘いだろうが、儂は余程の事がない限り断った事がない。もしここで沙耶佳から不評を買って、将来、彼女がひ孫を出産した時に”あの時かた焼き食べてくれなかったから抱かせてあげない、ぷいっ”などと言われたら、儂は滂沱の涙を流し、心に負荷がかかり、心臓マヒで死ぬかもしれぬ)

 しかも、と団十郎は独白を続ける。
(もし儂が”食べられない”、と宣言した後に、滝臣がおいしそうにこのかた焼きを食いきったらどうなるか。滝臣はこう言うだろう。”お前に出来なかった事が俺には出来た”と。それは屈辱! あれは忘れもしない、あやつと円周率暗唱対決をした時。儂は3万631桁でギブアップしたのに対し、向こうは3万635桁まで言い切りおった。あの時の恥辱は、若い頃仕事で大失態を犯し関係各所に土下座周りした時より上! 今回もあやつだけが格好良く食べきるような事があれば、儂は慟哭し、心に負荷がかかり、心臓マヒで死ぬかもしれぬ)

 キャバクラ通いがバレて熟年離婚を迫られた時、団十郎は前人未踏で空前絶後の土下座でなんとか許してもらえた。
 その時、団十郎は学んだのだ。
 世の中乗り切れない難事などない、と。
 脳細胞をフルに活性化させた団十郎は、こうおもむろに口を開いた。

「そういえば、そろそろ昼飯の時間じゃな」

 団十郎のお昼ご飯は、きっちり午後1時。
 虎山の孫が経営している、駅前のおしゃれな食堂から丼物が届けられる事になっている。ここ5年ほど、つまり奥さんが亡くなってからは団十郎の昼食はいつもそれだった。団十郎が寂しくならないようにと、虎山の意気な心遣いである。

「昼ごはん前にお菓子を口にするわけにはいかぬ。なので、そのかた焼きはいただくとするよ──あとで」

 あとで!

 場の流れをいったん断ち切り時間を置き、しかるのち、相手の要請を履行するという意思表示。
 保留の一手。
 時間に余裕を持たせる事で心にゆとりを与え返答する言葉を吟味する、今は忙しいけど少ししたらちゃんとやる事を簡単に宣言できる、などなど様々な意味を持つ便利な言葉。
 しかしこの言葉の最大の利点は、要請を履行しなくても相手にバレない事がある、という点だ。

 今回の事でいうならば、『あとで食べる、という団十郎の宣言』→『沙耶佳が仕事に戻る』→『団十郎自身は食べず、屋敷を訪れた者に押し付けるなり、最悪捨ててしまう』
 このチャートが成立する。
 のちのち沙耶佳から「美味しかったですか?」と聞かれれば「美味しかった」と返答するだけでいいのだ。

「そうですか、残念です……。できれば味の感想をすぐ聞きたかったんですけど……」
 肩を落として意気消沈する沙耶佳。
 団十郎に沸く、わずかな罪悪感。

 この『あとで』という言葉にも弱点はある。
 まず、立場をわきまえないで多用すると相手の怒りを誘発しかねないという事。
 例えば、お母さんと子供。
 ”宿題しなさい”というお母さんの言葉に”あとで”と返答しようものならばどうなるか。
 ”部屋を片付けなさい”というお母さんの言葉に”あとで”とおざなりに返したらどうなるか。想像に難くない。
 また今の団十郎のように、あとになっても相手の意向を無視する気満々な場合、人間としての良心が痛む、つまり罪悪感が湧くという点も見逃せない。

(すまんな、沙耶佳よ。だが、安心せい)
 団十郎は心中、呟く。
(せっかく用意した贈り物を、すぐに食べてもらえないのは残念かもしれない。感想を貰えないのも寂しいじゃろう。このまま仕事に返すのは、儂も心苦しい。──なれば、感想を貰えばいいのじゃ、儂以外の人間からな!)

 スケープゴート。
 それは災いを一身に受けさせられる哀れな山羊、生贄の事。

 団十郎はしれっ、とこう軽く口にした。
「滝臣は、今食べるようじゃぞ」
「っ!」
 人狼において初日に身内切りされた狼のような表情を浮かべながら、虎山は団十郎をねめつけた。

 団十郎は”あとで食べる”と宣言した以上、今虎山1人がここでかた焼きを食べきっても、何の問題にもならない。
 食べられなければバカにできるし、もし完食しても虎山が威張り散らす事もない。
 なぜなら団十郎は、あとで食べる、とちゃんと告知しているのだから。
 団十郎の狡猾な策謀だった。

「き、貴様……!」
 突如裏切った団十郎に、虎山は歯ぎしりした。
 団十郎はそれを無視して、
(沙耶佳だって別に、無理に2人から感想をほしいわけではなかろう。どちらかだけで十分。儂は食べないのだから、その役は滝臣しかいない。儂はさっさと逃げさせてもらうぞい)

 エスケープゴート。
 それは災いから必死に逃げる、ただの山羊の事。

「わ~い、虎山さんが食べてくれるんですか~! やったー!」
「う、うーん……」
 純真な笑みで迫られ、虎山は無下に断れない。かた焼きの入った袋を受け取り、虎山はおそるおそる1枚取り出す。
 団十郎は心の中で微笑んで、
(滝臣よ。お前も儂と考える事は同じ。簡単には断れまい。しかしお前はすでにやらかしている。儂の前で、とんでもない弱みを露呈してしまったのじゃからな!)
「そういえば」
 団十郎はなんて事ない口調で、
「お前の推しのVチューバー。サキユキヒカリちゃんだったかな? 確か辛い物が好きじゃなかったかな?」
「っ!」
「彼氏の条件に、辛い物が食べられる人って言ってた気がするのー」

 団十郎の推しであるユエンコイのライバルである、サキユキヒカリ。
 敵戦力の調査は、戦いの基本。
 当然団十郎は、サキユキヒカリの情報も頭の中にインプットしている。

「ここでレッドサビナを食せば、サキユキヒカリちゃんから一目置いてもらえるかもしれないのー。たしかさっきこうのたまったよな? ”俺は彼女のためならなんでもできるもんね”と!」
「っ!」
「自分の言葉も全うできない人間をサキユキヒカリちゃんはどう思うかな。嫌うかもしれないの。そうなったら滝臣、お前は彼女から好かれる機会を永遠に失うのじゃ。お前は敗北者になるのじゃな!」
「ハァ……ハァ……敗北者……?」

 追い立てられた虎山。
 息遣いが荒くなり、身体がかたかたと震え出す。
(勝ったな)
 団十郎は勝利を確信した。

 少しでも相手より長く生き永らえようとする。
 これは、健在頭脳戦。
 長生きを妨害するいかなる障害も跳ね除け、円満な人間関係を保ちつつ、自身の延命を図る。誇り高き老君たちの戦なのである。

(儂自身は食す事なく、滝臣に一杯食わせる。これほどまでのスマートな勝利は久々かもしれぬ)
 団十郎は完全に油断していた。
 だから気付かなかった。
 虎山の口端が、にやりと歪んだ事に。

「あ、あれはなんだ!」
 虎山が唐突に、空中を指さした。
 女性のスカートがめくれればそこに視線が向いてしまうように、空を指さされたらそちらに目が行くのもまた自然の摂理。
「ん~、なんですか~?」
「なんじゃ?」
 沙耶佳と団十郎が空を見上げるものの、特におかしな物体は存在しない。相変わらずの快晴で、太陽光がまぶしく光る。
「いや、俺の見間違いだったみたいだ。すまんな」
 虎山は、不敵な笑顔を浮かべながら、そう謝罪した。

(なんじゃ?)
 虎山の意味不明な行動に、団十郎な眉をひそめた。
(滝臣が無意味な事をするとは思えんが……)

 ピリリ、という電子音が響いた。
 団十郎のスマホが鳴ったのだ。
「な、なんじゃと!」
 ラインをチェックした団十郎は、驚愕の悲鳴を上げた。

『急遽申し訳ありません。本日は食堂を閉める事になってしまいました。お昼ご飯、そちらにお持ちできません』
 それは虎山の孫からのラインメッセージだった。彼は実直な性格をした男性であり、こんな直前にドタキャンするなどありえない。
 よほどの事がない限り。

「なんだ、今日はあいつの店、休業日だったかな?」
 しれっとした声音で、虎山は語りかける。
「団十郎よ、困った事になったな。今日のお前の昼飯、なくなってしまった。だがまぁ、ラッキーだったな」
 虎山は袋を団十郎の眼前にかざし、
「これがお前の昼飯だ。一・緒・に・食・べ・よ・う・じ・ゃ・な・い・か」
「ぐぐぐ……」
 死なばもろとも、という意思を感じさせる虎山の瞳。
 団十郎はこの瞬間、全てを悟った。


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その④

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