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おきな様は永らえたい~年配たちの健在頭脳戦~ ②

小説
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『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』パロディ小説。2ページ目。



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備考

登場人物

  • 龍団十郎(りゅうだんじゅうろう)……主人公。90歳。
  • 虎山滝臣(とらやまたきおみ)……団十郎のライバル。90歳。
  • 龍沙耶佳(りゅうさやか)……トラブルメーカー。24歳。

時代設定

 20XX年です。


その①

その③へ その④


おきな様は食べたくない

 あれは忘れもしない、まだ源次郎と沙耶佳が新婚の頃。
「おきな様、東京マラソンに一緒に出ましょう!」
 屈託のない笑顔で、団十郎にそう提言してきた女こそ、沙耶佳であった。なんでも、高齢者のランナーが親子で完走したシーンを見て感激したとかなんとか。
 ちなみに”おきな様”とは、団十郎の愛称である。身内のみならず、世間一般的に団十郎をそう呼ぶ者が多い。
「見ただけであんなに興奮するんだから、実際に走ったらもっと感動できるかも!」
 どうやら沙耶佳は、団十郎とともにマラソンを走破する腹積もりらしい。
 だが常識的に考えて、それは不可能である。

 急激な運動!

 言うまでもないが、老人が急に運動する事は絶対のNG、ご法度である!
 身体が衰え感覚が鈍っている高齢者は、体調の変化に気付きにくい。無謀な運動、それは死への短距離走! あの世へのベリーロール!
 絶対にやってはならないのである!

 体重は保っているものの、団十郎は普段あまり運動をしない。マラソンを走りぬく事など不可能。
 その時は断れたのだが、沙耶佳の謎の攻勢はとどまる事を知らなかった。

 少し酒に酔いたいなぁと団十郎が呟けばアルコール度数95%のポーランドのウォッカ『スピリタス』を取り寄せ、夏場は頼んでもいないのにエアコンの冷房を15度に設定し、本格タイ式ツボ押しマッサージをしてもらった時は痛みのあまり危うく昇天しかけた。

 つまるところこの沙耶佳という女、常識のじょの字くらいしか知らないのである!

 見た目よし、気立てよし、家事もよし、頭脳だって本来は悪くないはず。だが一般知識の方がだいぶ残念なのだ。
 恐ろしい事に沙耶佳は、虎山が開いた日本有数の名門、翔知院学園を主席で卒業した秀才であり、定期考査で1度たりともトップを譲らなかった怪物である。
 なのにどうして、こうなった。
 金融危機を何度も乗り越えた団十郎ですら、首をかしげる存在だった。

 だが最近、団十郎にはある恐ろしい発想が思い浮かんでいた。
 沙耶佳の提案はいずれも、年配の団十郎に対して身体に負担をかける物ばかり。あまりにも常識外の蛮行しかない。

(まさかこの女、儂の命を狩りに来ている!?)
 そう団十郎が思い至るのも、無理のない事である。

 任知院商事という大会社の、社長や会長を歴任した団十郎。個人資産は2500億円は軽く飛び越え、日本個人資産ランキングのトップ20に刻まれ続けた実績がある。
 団十郎が亡くなれば、その資産は遺産として分配される事になり、当然、次男である源次郎にも莫大な金が流れ込むのだ。
 源次郎の妻である沙耶佳も、その恩恵に預かれるのは必定。
 事故を装って儂を屠ろうとしている──という妄想が団十郎の頭をよぎるのも無理がない事だ。

(いやいや、ないない)
 団十郎はその想像を、いつも否定していた。

 源次郎は若くして任知院商事の幹部になった男。給料だって、同世代の人間の倍は上のはず。
 団十郎の遺産に頼らなくてはならないほど、生活が苦しいとは思えない。
 そもそも源次郎も沙耶佳も、浪費家ではないのだ。

 お金には困っていない。
 なれば、団十郎を殺す意味もない。
 ゆえに、沙耶佳が暗殺をもくろんでいるとは思えない。
 これが団十郎の結論なのだ。

 だが体に刻まれたトラウマは、そうそう消えるものではない。梅干しを見たら唾液が出るのと同様、沙耶佳が近寄ってくれば身震いしてしまうのだった。

 虎山も、団十郎の巻き添えで悲惨な目にあう事が少なくない。最近あった事といえば、「健康にいいらしいですよ~」という理由でツイスターゲームに参加させられていた。
 しかも団十郎との一騎討ち。
 何が悲しくてじじい2人で肌を触れさせなくてはいけないのか。やる方も見る方も地獄である。

「今日は~、いいモノを持ってきたんですよ~。──じゃ~ん」
 ひまわりのような温かい笑みを浮かべながら、沙耶佳はバックの中から何かを取り出す。一般男性だったら美女からのプレゼントならなんでも喜べるかもしれないが、団十郎と虎山は冷や汗が止まらない。
「煎餅です!」

 煎餅。
 米や小麦粉を原料として作られる、薄く平べったい菓子である。日本では縄文、ないし弥生時代から似たような物が食べられていたと言われている。日本のみならずアジアを中心に親しまれている、歴史の古い食べ物だ。

 日本においてはよく老人が好んで食すとされる。縁側に腰かけ、もしくはこたつで温みながらじいさんとばあさん、その傍らに猫と煎餅とお茶という風景はもはや様式美と捉えられている。

 団十郎と虎山はほっとしていた。もっと突飛な物品が飛び出してくると警戒していたのだ。
 煎餅は簡単に言えば、穀物を潰して延ばして焼いた物。
 よほど珍妙な製造工程を加えない限り、味が大きく変わるわけではない。

「私の実家は農家なので、煎餅屋さんともお付き合いがあるんですよ~。そこで特注の物を、作ってもらっちゃったんです。──このかた焼きを!」

 老人2人、目と口が中央に寄るくらい顔をしかめる!

 かた焼き!

 それは日本一硬いと称される煎餅である。
 その由来は、かつて伊賀忍者の携帯食料とされた物が元になっているとされ、今の三重県伊賀地方の物は名物として売られている。
 そのあまりの硬さから、食す際は付随している木槌で砕いてから口に入れるのが一般的。だが沙耶佳の手元に、そのような道具は見当たらない。
 あるのはプラスチックの袋と、その中に入っている数枚のかた焼きのみ!

 団十郎は、心中で叫んだ。
(まさかこの女、儂らに噛んで食えというのか!)

 ただでさえ煎餅は、歯が欠けやすい食べ物と認識されている。かた焼きとなれば、なおさら。
 さらに老人は、歯が傷つきやすく抜けやすい。
 過度に硬すぎる物はもちろん、ご法度!

 団十郎と虎山は、世間に露出する事も多く、歯のケアは完璧。
 通常70歳も過ぎれば15本程度になってしまうといわれる自分の歯を、25本は維持し続けている。しかも黄ばみもない。
 若い頃から歯の専門家を雇ってレクチャーを受け、特注の洗口液やデンタルフロス、歯間ブラシを用いて、歯のケアに余念がなかった。
 その白さは、芸能人すら逃げ出すほどの美麗!

 だからと言って、噛む力は当然、常人のそれに勝るわけではない。
 かた焼きを噛み切るなど、不可能。

『なぜわざわざそんな硬い物を……』
 団十郎も虎山も心中同じ事を思っていた。

 とはいえ、言ってしまえばただ硬いだけ。
 少年がペロペロキャンディを長時間なめ続けるように、かた焼きを口に入れてしゃぶっていれば食せない事もない。
 いつもの無理難題に比べれば、たいした事はなかった。

(いや、違う……)
 その時、団十郎に電撃が走った。
(この女、さっきなんと言った?)

 社長だった頃、だだっ広い会議室の端っこの方で寝息を立てた者を瞬時に判別できるほどの研ぎ澄まされた聴覚を発揮した団十郎。
 その彼が、小娘の言葉を聞き逃すはずもない。

『特注の物を、作ってもらっちゃったんです』

 特注とはなんだ、と団十郎は背筋が凍った。
 伊賀のかた焼きは名物商品。
 その気になれば通販でも買える。わざわざ特注品を頼む事など、無駄に等しい行為。

 沙耶佳は、この世の悪意などひとかけらも知らないような無垢な笑顔で、
「あ、これ。レッドサビナがたっぷり混ぜ込んであるんですよ~。お願いして作ってもらっちゃいました。辛い物って、健康にいいらしいですよ~」

 団十郎と虎山は、2歳児がいじった福笑いのように顔をゆがめた!

 レッドサビナと言えば、ハバネロの1種。
 ハバネロの辛さは300000スコヴィルとされ、辛さランキングの名を連ねる常連である。レッドサビナはそのハバネロの2~3倍の辛さを誇っていると言われている。

 到底、長時間舐めるなど不可能!
 無論、団十郎たちが食べきる事など論外!
 こんな物をそのまま食べたら、健康を害す恐れがある!

 辛い食べ物は確かに消化器官を刺激し、中枢神経の働きを高める。結果、消化器に回す血液量を増やし、消化液の分泌につながる。さらに唾液が出る事により、食欲まで促す。
 だがそれも限度がある。
 辛味の過度な摂取は味覚を壊し、消化器官に異常を与え、健康を崩す。激辛食品を食べすぎて病院送りになった例も少なくない。
 何事も、程々がちょうどいいのである。

 団十郎は戦慄した。
(この女、やはり儂をあの世に送ろうとしている!?)


 最近、団十郎は何かに追いつめられた時、沙耶佳の幻想を見るようになっていた。

『あらあら~。おきな様、まさか食べられないんですか~?』

 団十郎の脳裏に浮かぶのは、沙耶佳の幻。
 不敵な微笑みを顔面に張り付けた彼女は、通常では考えられない悪辣な人格へと変貌するのだ。
悪女となった彼女は明確に団十郎の命を狙って来ており、辛辣な言葉を投げかけてくる。

『90歳も生きて、まだ生にしがみ付こうというのですか~? いちいち様子を見に来なきゃいけない、私の身にもなってくださいよ~。いい加減、くたばってもいいんですよ?』
「嫌だ、儂はまだ生きるんじゃ!」

 沙耶佳は顎に手を当て、

『現世ではもう十分、お金儲けしたでしょ? 今度は仏陀相手に脱毛器具でも売りつけたらいかがです?』
「まだ死にたくない!」

 そして最後に沙耶佳は、まだまだ生き永らえようと叫び足掻く団十郎を憐れみの瞳で見下し、くすっ、と彼がもがき苦しむ様を笑ってからこう言い放つのだ。

『おいたわしいこと……』


その①

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