『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』パロディ小説。1ページ目。
おきな様は永らえたい~年配たちの健在頭脳戦~ ① https://t.co/FZnmJwfZ5q
— ウエスト記伝 (@west_kiden) February 9, 2019
備考
登場人物
- 龍団十郎(りゅうだんじゅうろう)……主人公。90歳。
- 虎山滝臣(とらやまたきおみ)……団十郎のライバル。90歳。
- 龍沙耶佳(りゅうさやか)……トラブルメーカー。24歳。
時代設定
20XX年です。
いい会社に入り、定年まで勤め上げ、老後をゆっくり過ごす。
それはとても素晴らしい事だと、誰もが言う。
だが、それは間違いである!!
老人達の間にも明確な力関係が存在する!
家族に愛される者とそうでない者!
自分の歯で噛める者と入れ歯に頼る者!
勝者と敗者!!
もし貴殿が余生も気高く生きようと云うのなら、決して敗者になってはならない!!
老後は戦!
仏になったほうが負けなのである!!
おきな様は食べたくない
任知院商事。
戦後の日本を支えた大企業にして、今でなお、世界に多大なる影響を与える超一流企業である。
総資産は100兆円を優に超え、『任知院商事が傾けば日本が消し飛ぶ』と言わしめるほど、その社会貢献度は絶大である。
そんな任知院商事の社長の座は、まさしく王者の印。誰もが羨み、またその座に着いた者を妬んだという。
少しでも王様が隙を見せれば、味方であるはずの社員すら牙をむき、頂点にいる者をゾンビの如く食らおうとする、まさに生死をかけた椅子取りゲーム!
そんな凶猛な輩どもを抑え、幾度も社長の座に君臨した1人の男がいた。
龍団十郎。
その人である。
その鋭い眼光で債務者を1000人は殺したと噂され、口を開けばその声を聞き洩らさないように世界の方が音を消したという。
はては嘆息だけで会社10社を廃業させた、笑みだけで赤ん坊を直立不動にさせた、などなど化け物じみた風聞の絶えない傑物である。
齢90を迎えた今はすべての役職を退任したものの、その髪は白銀に煌めき、自らの足で生活できている。
「ふぅ……」
その団十郎は今、縁側でお昼ご飯前のお茶飲みを楽しんでいた。責務から解放された現在、こうしてゆっくり茶の味を楽しむのが、団十郎の日課だった。
現役で働いていた頃には毒による暗殺を過度に恐れ、口に入れる物はあらかじめ秘書に毒見させるという徹底ぶりを見せていた。
また、入った事のない会社に足を運ぶ時は何を差し置いてもまず、非常時の避難経路の確認をするほど警戒心が強い男だった。
正直、社員は皆あきれていた。
団十郎はそれに気付いていて、なお、それらの行動を断行していた。
他人の視線より自分の命が大事。
それが龍団十郎という男なのだ。
団十郎の屋敷は都内の1等地にある、総額20億円はくだらない豪邸である。外部から覗く事を決して許さない長大な塀に囲われた土地には、古風な屋敷が建ちそびえる。最新鋭の浄化装置によってキレイにされた池には、錦鯉が踊っていた。洗練された庭師による木々の造けいは、教科書に乗せても遜色ないほど美麗だった。
団十郎は長年連れ添った女房を5年前に亡くし、今は1人住まい。
年齢を考えればヘルパーを雇うべきだし、子供たちもそれを望んでいたが、団十郎本人がそれをよしとしなかった。
『儂は1人でもまだ大丈夫!』
そう豪語する団十郎に、意見を言える者など身内にはいなかった。実際団十郎は言葉もはっきり喋り、足腰もしっかりしていた。まだまだあの世とは縁遠い様子である。
そうは言っても老人である事には変わりない。そんな事で老後は寂しくないのだろうか、と思うかもしれない。
しかし、そんな事はまったくない!
理由は、2つ。
1つ。
団十郎はご老体の身でありながらインターネットを使いこなし、毎日ゲーム配信を視聴しているから。
配信者が高難易度のゲームモードをクリアすれば『88888』と称賛し、新人には優しくコメントを書き込む。かと思えば、暴言を吐く配信者には、辛辣な、荒らしともとれる言葉を怒涛のように並べ、BANされた事も数度ではない。
1人でも寂しくないもう1つの理由は──。
「よう、まだ生きってか、クソじじぃ」
堂々と門をくぐり敷地内に侵入し、団十郎に暴言を吐きかけるという、天地も恐れて震えるような蛮行を繰り出すこの男。
虎山滝臣の存在である!
虎山滝臣。
日本全土にその名を轟かせる名門、翔知院学園の創始者にして、長年理事長を務めた『日本教育の父』である。その教育理念は世代を超え海を越え、国外にも響き渡っているという。
自身の世間への露出も激しく、数多くのテレビ番組に出演。その理念を聞かされた父母の全員が、わが子を翔知院学園に入学させたいと涙したという。
この2人、実に長い付き合いだった。
初顔合わせは幼稚園──ですらない!
生まれた日付は一緒であり、病院も同じ。隣合った寝床でお互い、ガンを飛ばし合っていたという伝説が残っている。
幼稚園はもちろん、通った学校はすべて同じ。好きになった女の子すら同じ。あくびのタイミングも、反抗期になった時期も、帰り道も、座右の銘も、食った釜の飯も、風の前の塵も、全部同じ!
同じ! 同じ! 同じ!
まさしく龍と虎。
永遠のライバルなのである!
だがもちろん、机を並べた者同士。
友情というべき高尚な情をはぐくみ合った仲でもある。学校行事を成功させるため協力し合ったのも、1度や2度ではない。
時に教師の理不尽さに耐え、時に拳を振り上げるような事態になれば横にいたのはいつも同じ顔だった。
お互いを嫌悪しているわけでは当然、ない。
しかし、それ以上に!
あまりにも長い時を共に過ごしたがため、知られたくない情報を握り合っているのもまた事実!
お泊り会をした時おねしょした事、女性の遍歴、赤信号の無視、AVを見て鼻血を出した事、忘年会で飲みすぎた時の失態、学校のずる休み、高価な有田焼の皿を落として壊した事、ジャッキーのマネをして腰を痛めた事などなど。
社会の成功者としての名声を持つ2人にとって、あまり表ざたにしたくない事が山ほどあるのだ。
『こいつより先に死ぬわけにはいかない!』
それが2人の共通認識だった。
死人に口なし、とはよく言ったものだ。
相手の性格を知り尽くしている以上、先にくたばるのはまずい。
なぜなら、ある事ない事暴露されたうえ、その反論の機会はいくら願おうがやって来ないのだから。
相手が自分の葬式に参列する事は、今までの栄光をどす黒く塗り潰すほどの絶対的な大惨事!
決して、あってはならないのである!
「よっこいせ」
特に許可も取らず、虎山は縁側に腰を下ろす。彼の服装は白シャツに股引。これ以上削る余地のない、簡易な装い。とても教育の父と呼ばれた人物とは思えないが、夏場ならこれで十分ともいえる。
ちなみに団十郎は、いつどの季節でも羽織袴姿である。極寒の地でも、灼熱の大地でも、団十郎はこのいで立ちを変えた事はない。
経済界と教育界。
ともに時代の荒波を駆け抜けた猛者2人が並び座る光景は、本来であれば学術誌の表紙を飾れる程の一場面のはず。
しかし。
互いに眼光鋭く睨み合い牽制しているこの状態は、表紙どころか、敵対するヤクザの組長同士がメンチを切り合っているようにしか見えない。
もちろん、ケンカをしかけているわけではない。
単純に元々、2人の目つきが怖いだけだ。
団十郎の屋敷は、近所の年寄りたちのたまり場になっていた。その中でもこうして頻繁にやって来るが、この虎山という男なのだ。
「あの件だが……」
団十郎がおもむろに口を開いた。その言葉1つで株価が大変動すると言われた団十郎。彼が教育の父に投げかける言葉とは──。
「お前が何と言おうと、儂の一押しのVチューバーは、”ユエンコイ”ちゃんじゃ!」
「なんでだ!? ”サキユキヒカリ”ちゃんの方がかわいいだろが!」
Vチューバー!
簡単にいうと、アバターを用いて動画投稿や配信を行っている者の事。近年、その勢力は爆発的に増え、あらゆる分野から注目されている存在である。
熱狂的なファンがいる一方、ネットにどっぷりハマっている人たちからでさえ、冷ややかな目で見られる事が多い存在である。
何が琴線に触れたのか、このじじい2人、Vチューバーに入れ込んでいた。動画チェックが毎日の日課である。
たかがVチューバー。
されどVチューバー。
たとえ趣味の話でも、この2人が自分の推しを前面に出し、論争に持ち込めばそれは生死をかけた大勝負。
負けようものなら枕を涙で濡らし、心に負荷がかかり、心臓マヒで死ぬ可能性すらある!
相手より先に死ぬわけにはいかない2人にとって、推しVチューバー論争は、全身全霊をかけた関ケ原なのである!
このクソ熱い夏場において、舌戦がヒートアップする事こそ心身に負担がかかるのではないかと思うが、2人がそれに気付く事はなかった。
「ユエンコイの登録数は250万! そっちの2倍!」
「こっちはこの間、テレビで特集されたもんね! 俺は彼女のためならなんでもできるもんね!」
彼らを尊敬する者たちが聞いたら、悲哀を感じ絶望するであろう低レベルな言い争い。
だが、今日はそこに割って入る者がいた。
「こんにちわ~」
ぽわわーん、という軽い擬音が聞こえてきそうなくらい、軽妙な口調。スーツ姿で大人っぽいその服装とは逆に、顔は童顔であり、幼稚園児のような柔和な笑みを浮かべている。髪型はボブカットだが、寝ぐせで少し跳ねている箇所があった。
びくっ、と老人たちの身体が震えた。
互いに黙りこくり、女性の方に視線を向ける。
この乱入してきた女。
団十郎の孫の嫁、龍沙耶佳。
旧姓は相波。
年齢は24歳。
北陸の大農家の娘であり、団十郎の次男、源次郎の奥さんだった。
龍家に嫁いでからは源次郎の家に移り住み、仕事の合間をぬっては団十郎の様子を見に来る甲斐甲斐しい娘だ。
物腰が柔らかく、料理も上手。
子供はまだいないが、近い将来、龍の苗字に恥じない赤子を産むであろう事を、誰もが期待していた。
団十郎の身を案じ、世話をしてくれる天使のような存在。
当然、この家の出入りは自由である。
だが。
当の団十郎は滝のように冷や汗をかき、「おう、よく来たな……」と歯切れ悪く口を開き、武者震いの2段階上くらい身体を震わせていた。
団十郎にとって沙耶佳は、恐怖の対象である!
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