スポンサーリンク

第17回電撃小説大賞 4次落ち原稿晒し 9ページ目

小説
スポンサーリンク

『第17回電撃大賞4次落ち作品』迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件 9ページ目。


前置き



スポンサーリンク

迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件


 五十音にほという娘は事件の謎を解くのが好きで、そのせいか苛烈な質問をしたり過激な行動に出たりすることがしばしばあるのだ。それなのに今日の彼女は犯人を見つけるつもりがないのか、早々に警察に任せると言い出した。これは初めてのケースだ。

 事件が解決しないと、いろはが帰ってこないのに!

「ちょっと、にほ!」私はいろはに詰め寄って、「何で警察に任せるなんていうのよ! いつものあなたなら、無理矢理にでも犯人を見つけ出そうと必死じゃない! 何で今日はそんなに淡白なのよ!」
「もうこの事件には、興味が沸かない」冷めた目をしつつにほはそう言い切った。「つまらないし、力んで犯人を捜す必要もない」
「でも、いつものあなたなら──」
「必要ない、と言った。もうこの事件は終わりだ」

 つっけんどんで話を進めるにほに対して、私は思わず、
「あなたまさか、このままいろはの身体を乗っ取る気なんじゃ……」
 と呟いてしまった。

 それを聞いたにほは、目を細めると凍りついた瞳を眼鏡越しで私に向けた。完全に冷え切った双眸で見られて、私は思わず居竦まった。

 今のは流石に言い過ぎたかもしれない。
 いろはの多重人格は非常に扱いの難しい事案で、私の中ではいろはに対する二次元関連の発言と同じくらいデリケートな問題なのだ。

 今の私の発言は、少しいろはの中に土足で入りすぎだし、なにより無神経で無用心だったかもしれない。

 私が謝罪の言葉を口にする前ににほは、鼻をふんっとならすと、
「そんな顔はやめろ。僕は特に気にしない。それから、この件を警察に任せようといったのは興味が失せたからだが、それはあらかた犯人の予想がついているからだ。別にこの身体を奪う気なんてない」
「……でもそれなら、どうして犯人を捕まえようとしないの?」
「さっきも言っただろうが。力んで犯人を捜す必要もない、と。でもまぁ、いい。そこまで望むなら解決シーンを始めてやるよ。あまりにも盛り上がらない解決シーンをな」


「あらかじめ断っておくが、探偵が訪れた先で殺人が起こったとしても、そこに複雑怪奇なトリックが必ず存在するかというと、当然ながらそんな事実は全くない」

 にほは部屋をうろうろしながら、やや大きな声で語り始めた。師匠はやることがあると言い残して、先ほど部屋を出て行った。警察がそろそろ到着するからだろう。

「今回の殺人事件は極めて単純だ。密閉された温泉で、人が刺されて死んだ。自殺、事故死はありえない。外部犯の可能性も低い。となると犯人は、あの時浴室にいた、あんたら三人の中にいるってわけだ」

 いろははそれぞれ、白亜紀(はくねあき)さん、湯女君(ゆなきみ)さん、熱川菜草(にえがわなぐさ)さんに目を向けた。

「まず始めに、どうやって凶器を風呂場に持ち込んだかという点だが、これは別に問題にする必要すらないだろう。あれだけ白い世界の中だ。堂々と凶器を手に持っていても、近寄られない限り、誰かにバレる心配はない。もちろん、脱衣所のときはタオルにでも包んでいたんだろうがな」
 にほはあごを擦りつつ、
「あの浴室は湯気で真っ白白だった。そのせいでお互いの行動が全く見えず、持っていた凶器も見られず、犯人はまんまと犯行を成し遂げたわけだが」
 にほはそこで一拍置いてから、
「単刀直入にいって、この中で煙原歌(たばはらうた)を刺殺できたのは一人しかいない」

 にほは右手の人差し指をゆっくり上げて、一人の人物を指差した。
 湯女君。
 昨晩、宿の外、玄関の前で話した人だ。
 彼女が犯人……!

「きゃっ!」
 とそこでなぜか、湯女さんは小さな悲鳴をあげてその場に蹲ってしまった。

 その様子を横目ににほは、
「熱川菜草さん、死んでください」
 ととんでもない暴言を口走った。──とても小さな声で。

 にほから一番離れている私がやっと聞こえるくらいの極小の声色だったが、他の三人の耳にもちゃんと聞こえたはずだ。しかし熱川さんは、特に何も反応しない。元々大人しい性格であるとわかっていたが、あんな侮辱をほざかれてなんで何も言い返さずに黙っているんだろう。まるで、耳に届いていないかのようだ。

 一連の様子を見ていたにほは、
「この状況で一目瞭然だ。つまり煙原歌を殺したのは、白亜紀さん、あんただろ」

 にほは白亜紀さんに目を向け、そうはっきりと言った。白さんは、黙ってにほを睨み返している。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」あまりにも速い展開についていけず私は、「何、どういうこと? 意味がわからないんだけど? 何がどうして、白さんが犯人なの?」

 にほは私にバカを見る目を向けたが、
「それは今から説明してやる。──まずは湯女さん。あんた、先端恐怖症(せんたんきょうふしょう)だろ?」

 蹲っていた湯女さんは、今回は回復が早かったようですぐに顔を上げると、にほの質問に頷いた。
「先端恐怖症ってのは、尖ったもんに恐怖を感じる変わった病気だ。人の指や箸や鉛筆とかな。そんな人間が、先端の尖っている包丁で人を刺せるわけないだろ」
「にほ、あなたいつ湯女さんが先端恐怖症だと思ったの?」
「彼女はずっと自分の手に手袋の類をつけているからな。効果があるのかはしらんが、自分の五指を直視しないように工夫しているんだと思ったんだ。それと昨日の夜、今と似たような事があっただろ」

 そういえば昨晩、私が湯女さんの後ろの駐車場を指差したとき、彼女はその場にしゃがみ込んでしまった。あれはそういう理由があったのか。

 そうだ、あの違和感にも説明がつく。

 白さんは座り込んだ湯女さんに手を貸すとき拳を突き出していたが、私が転んだいろはに手を貸したときは手のひらを広げていた。あれは白さんが、湯女さんに指を向けないため工夫していたのだ。

「次に熱川さんだが」にほは熱川さんに目線を向ける。「あんた、今は眼鏡をかけているが、風呂のときは、当たり前だが眼鏡を外していたよな。つまりただでさえ視界の悪いあの風呂の中で眼鏡で視力を補えないあんたは、僕たちより視界がさらに悪かったはずだ。それこそ、目の前で人が立っていてもそれが誰か判断できないくらいに。それからもう一つ」

 にほは自分の耳を指差して、
「熱川さん、あんた耳が少し遠いだろ?」
「…………………………ええ。よくわかりますね」
「質問してから返答まで、かなりの時間がかかっていたからな。今なんて聞かれたのか、話の流れから予測したり相手の動作から推測したり、そういう癖がついているんだろう。殺された煙原さんがやたら大きな声で喋っていたのは、熱川さんに聞こえるようにあえてそうやって話していたんだろうな」

 そういえば昨日のお風呂のとき、不思議に思った出来事があったっけ。

 いろはと私が煙原さんに謝りに行く前に、すでにいろはは滑って転んでいた。それなのに煙原さんに謝った後熱川さんが私たちに、滑りやすいから走らないようにね、と注意を促してきたのだ。あのセリフは、すでに滑って転んだ人間にかける言葉としては不適切に思える。皮肉ともとれるけれど、熱川さんはそんなことを言う性格ではないだろう。

 つまり熱川さんは、いろはが一度転倒したのに気付かなかったのだ。視界が悪く目で転んだ瞬間を確認できなかっただろうし、耳が遠くてお尻をうった音を拾えなかったのだ。

「目が悪く耳も遠い熱川さんが、あの風呂場で煙原さんを刺すのも不可能だろ。刺す人を間違えたら大変だ。わざわざあそこで殺害に至る理由も思いつかない。つまり最後に残ったのは──白さん、あんたってわけだ」
「月並みな言葉で悪いが、証拠はあるのか?」と白さん。

「ない」にほは目を細めつつ、「みんなが凶器をナイフと表現していたのに、あんただけ包丁とぴたりと言い当ててたってのは決定的な証拠にはならないし、物的証拠は残念ながら持ち合わせていない。だが、あんたを捕まえるのに証拠が必要か?」
「……ふっ、何でもお見通しか」
「ちょっと、二人だけで話を進めないで、わかるように説明してよ」
「わかっている。星空、ちょっと黙ってろ」

 にほは三人に目を向けると、
「死んだ煙原さんを含め、あんたら四人は同じ同好会だ。それ以前は誰がどれくらいの付き合いがあるのかは知らない。だが、同じ会で活動をしていれば、湯女さんと熱川さんの二人がそれぞれ特殊な癖を持っているのがわかるだろう。つまり湯女さんが先端恐怖症だと他の三人は知っていたはずだし、熱川さんの目が悪く耳が遠い身体的特徴も、他の三人はおのずと気付くだろう。本人がみんなに、ちゃんと教えていた可能性が高いと思うが」

 にほは湯女さんと熱川を見つつ眼鏡をくいっと上げて、
「この二人は、煙原さんが刺殺されたのを見て、犯人は白さんとすぐに気付いたはずだ。消去法でな。だから二人は、犯人は部外者だとか、煙原は自殺したのだとか、そういったミスリードをしようとしたんだ。白さんを庇うために」
 二人は、やや俯いた。

「だが、今問題にしたいのはそこではない」いろはは、白さんの方を見る。「問題なのは白さんが、この二人に犯行は不可能という状況でわざわざ殺人を犯したこと。警察が調べれば、犯人は自分だとすぐバレてしまうのに、どうして白さんはそうしたのか。答えは簡単だ。──彼女はすぐに自首するつもりだったんだよ」

 思わずはっ、とした。

 にほは、さっきからずっと言い捨てていたではないか。力んで犯人を捜す必要はないと。
「動機はおそらく、喧嘩のもつれだろ」
「まったくもってその通りだよ」白さんはため息をついて、「いったい煙原さんのどの発言が、私の琴線に触れたのか、冷静に思い返してもわからない。だがあの口論の最中、確かに煙原さんは、私を殺人までに至らせるような言葉を吐いたんだ。殺人という、最悪の一線を越えてしまう言葉を。──悪かったな、熱川さん、ユナクン。せっかくの旅行をこんなにしちゃって」

 だけどこの旅行先を聞いたとき抑えていた殺意の炎がまた燻ってしまったんだ。喧嘩の原因になった、湯気補正にゆかりのある地で煙原さんを殺したいというどす黒い炎がね。

 天井を見上げつつ、白さんは小さな声でそう呟いたのだった。


前置き

コメント