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第17回電撃小説大賞 4次落ち原稿晒し 8ページ目

小説
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『第17回電撃大賞4次落ち作品』迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件 8ページ目。


前置き



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迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件


「……探偵」
 熱川さんがぽつりとその様に呟いたような気がしたが、よく聞き取れなかった。

「というわけだ。変な心遣いはいらないから、僕の質問に答えろ。まず最初に訊きたいんだかが、煙原さんが襲われたとき、風呂場にはあんたら三人しかいなかったんだよな?」
「……はい。間違いなく私たちだけだったと思います」と湯女さん。「客はもともと私たち四人と君たち二人、それからあの探偵さんだけと中居さんに聞きましたし、従業員の方が風呂にいたという気配もありませんでした」

「私たちは朝一番に風呂に入ろうと決めていたから、昨晩のうちに何時から入れるか従業員の人に聞いていたんだ」と白さん。「入浴が認められるのは朝の六時過ぎから。その直前まで、風呂の点検が入ると聞いていた。だから私たち四人は六時ちょうどに部屋を出たんだ」
「ほおぅ。じゃあ次に煙原さんが刺されたときの状況を訊こうか。そんときあんたら、それぞれどこにいたんだ?」

「私は壁に変なシミを見つけて、それを見てた」と白さん。
「私は身体を洗っていました」と湯女さん。
「…………………………私も身体を洗っていました」と熱川さん。

「湯女さんと熱川さんは、隣合いで座っていたんですか?」
 と私が質問した。

「いいえ」と湯女さん。「私が、その、身体を洗うところを見られるのが恥ずかしいからと、熱川さんに席三つほど離れたところに座ってもらったんです」
「そうですか。ところであの白い湯気の中、お互い姿は見えていましたか?」
「いえ、見えていなかったと思います。残念ながら」
 あの真っ白な部屋だ。あんな白い世界の中では、互いの姿を視認できなかったようだ。

「ふーん、なるほどねぇ」
 アゴを擦りつつそうつぶやくにほに、少しだけ違和感を感じた。いつものにほなら矢継ぎ早に次々と質問をし、返答者を狼狽させるのがいつものパターンなのに。なんというか今日のにほからは、あまり覇気が感じられない。

「……さっきの言葉を否定するようですが、犯人はもしかしたら外部の人かもしれません」
 と何か思いついたように湯女さん。にほがすぐに問いをする。
「どういう意味だ?」

「煙原さんを含めた私たち四人は、誰もナイフなんて持っていなかったはずです。誰かがそんなものを持っていたらさすがに気付きます。それに、風呂の点検の直後に事件が起きたということは、あらかじめ風呂場のどこかにナイフを隠しておくのも不可能でしょう。きっと点検の最中に従業員の方が発見してしまうでしょうし」

「つまりあんたらがのこのこと風呂場に入ったときに、やっぱ誰かいたというわけか? 湯気に隠れた第三者が。点検を終えた従業員が出て行ってあんたらが来る前に、あの風呂場に侵入した人物が」
「ええ、そうです。それなら──」

「それはないな」
 湯女さんのセリフを遮ってにほはそう断言した。
「なぜならあの風呂場はガラス戸からしか外に出れないある種の密室状態だ。そんで最初に悲鳴がしてからすぐに僕は……正確にはいろはだが……が駆けつけたとき、僕は誰ともすれ違わなかった。僕の部屋から風呂場までは決して近いわけではないが、犯人が逃げる時間があったとは思えない。そもそも、わざわざ風呂場に隠れて殺すチャンスを窺っていたというのも現実的にありえないだろ。一応訊くがこの中で、第三者らしき人物が走る音や、ガラス戸を開ける音を聞いた奴がいるか?」

 その質問に部屋はしーんとする。

「…………………………もしかしたら、煙原さん、自殺したのかも」と、今度は熱川さん。
 その説はありえない、と私はとっさに判断した。とあるワケがあって、煙原さんの自殺の線はないのだ。

 本人が一番よくわかっているだろうに、にほはにやりと意地悪く笑いつつ、
「ほぅ、でその理由は?」
「…………………………彼女は、その、最近白さんと喧嘩しちゃって、すごく落ち込んでいました。だからナイフで──」
「みんなの前で自決したと? ないだろ、そんな話」にほは鼻で笑いつつ「なんでわざわざこんなタイミングで自殺するんだよ。そもそも自殺しようとするまで傷心中の人間が、その原因となった人間とわざわざ遠くまで旅行に来るか? 来るわけないだろ? まぁ、人間の心なんて定規で計れるような簡単なものじゃないから一概にいえないかもしれん。が、煙原さんが自殺ではなく他殺という根拠なら、ここにある」
 と自分自身を指すにほ。

「僕が今ここにいる。それが煙原さんが誰かに殺されたという証拠だ」

 にほの説明に三人は、意味不明という顔をした。当然だろう。今僕がここにいるから煙原さんは他殺。これだけで理解できる人間はそうはいない。

 つまりはこういうことなのだ。

 五十音いろはは多重人格で、いくつもの人格を持っている。そして人格が変わるタイミングは、他殺体を目撃したとき。

 他殺体を目撃したとき限定なのだ。
 自殺体、または事故死や病死した死体を見ても、五十音いろはの人格は変化しない。

 おかしな話、本当におかしな話なのだが、例えば、道端を歩いていていろはが偶然死体を発見する。
 いろはの人格が変わったら、その人は誰かに殺された。
 いろはの人格が変わらなかったら、その人は自殺か事故死、病死である。

 この判断が、死体を見るだけでわかってしまうのだ。直感なのか何か死体からオーラを感じるのか、昔いろはに尋ねたが、本人はよくわからないと首を傾げていた。本人にわからないものが、私に理解できるはずがない。

 つまり今回のケースの場合。

 いろはが煙原さんの死体を見た。人格がいろはからにほに変化した。
 この結果だけで、自殺の線はない、と判断できるのである。
 まぁ、警察がどう判断するかとは完全に別問題であるが。

 今のいろはのセリフの真意を確かめるためか、白さんが口を開きかけたが、言葉が出ては来なかった。部屋のドアが開け放たれて、師匠がどかどかと部屋に侵入してきたからである。

「ふぁ~、一通り質問はできたか?」
 あろうことか欠伸をしながらにほに質問する師匠。にほは、ああ、と軽く返した。

「で、死体の様子は?」
「被害者は胸部を一突きにされて死んでいたな。包丁は刺しっぱなしだったから出血自体は少なかった。あのまま放置するのも仏さんに悪いんで、タオルにくるんで床に寝かせてある。見に行くか?」
「いや、いい。ところで従業員の誰かに、点検に関して訊いたか?」
「ああ、この部屋に来る前に少しだけな。従業員三人がかりで風呂場を見て回って、不審物や忘れ物がないかとか、用具の確認を行っていたそうだ。ちなみに従業員には全員、アリバイがある」

「そうか、わかった」にほは頷いて、ごく普通にこう言い放った。「じゃあ後は警察に任せよう」

「なっ!」 私は驚愕の瞳でにほを見る。今、にほの口からありえないセリフが出てきた。


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