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第17回電撃小説大賞 4次落ち原稿晒し 7ページ目

小説
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『第17回電撃大賞4次落ち作品』迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件 7ページ目。


前置き



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迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件


 一番わかりやすく表現するならば、五十音いろはは多重人格である。解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)のほうが正しいか。敷き詰めくと意味が違うのかもしれないが、一般的に見たら多重人格だろうが解離性同一性障害だろうが、だいたい同じものだろう。

 五十音いろはには、交代人格がいくつか存在する。
 人格が入れ替わるのは、他殺体を目撃したとき。

 さっき風呂場にいたのは、五十音にほ。にほは、いろはの妹に当たる存在らしい。にほがいろはを指して、“姉”という表現を使っているのを見た事がある。

 にほの他に、“五十音へと”という人格にも会った。“にほ”の状態でさらに別の他殺体を目撃すると、人格が“へと”に変わるようだ。“にほ”にとって“へと”は妹に当たるらしい。

 彼女たちの人格変更パターンは、いろは→にほ→へとという順番で決まっている。
 その先は知らない。
 いろはが長女、にほが次女、へとが三女という階層になっているそうだ。

 いろはは、自分の中に別の自分が居る事実を知っているし、彼女たちをイマジナリーシスターと呼んで可愛がっている節も見られる。ただしいろはには、“にほ”や“へと”に変わっているときの記憶はない。

 “にほ”には姉であるいろはの記憶が引き継がれているが、妹に当たる“へと”に変わると“へと”のときの記憶は覚えていない。
 “へと”は、姉に当たる“いろは”のときの記憶も、姉に当たる“にほ”のときの記憶も引き継がれる。
 つまり姉から記憶は引き継ぐが、妹に変化してから動き回っていた時間の記憶は、姉には引き継がれない。

 例えばさっき風呂場で私に怒鳴ったにほの行動は、無事いろはの人格に戻ったとき、引き継がれない。いろはは怒鳴った行動を覚えていないのだ。
 一度人格が交代してしまうと、犯人をあげるまで元の姿、つまりいろはに戻らない。この事件を解決しない限り、いろはは永遠に帰ってこない。

 実のところ、いろはよりにほの方が、にほよりへとの方が頭の回転が速い。妹の状態である方が推理力が増すのだ。実際それで、過去三度の殺人事件を全て乗り越えてきた。

 わかりやすく頭の良さの例をあげるなら、湯気は液体なのか気体なのかという問題を、いろはは気体と間違えるが、にほならきっと液体と言い当てる。

 ただ私はへとはともかく、いろはの時とのギャップが激しすぎてにほが苦手だった。人見知りでも優しさがあり笑顔の絶えないいろはと違い、暴力的でそっけないにほを好きになれない。

 というより、もっと根本的に、私にとって彼女の身体は“いろは”のものという認識が強いので、別の人格があの身体を占領するのをよしと思えないのだ。

 さっさといろはの身体を取り戻す。
 そう心に誓いつつ、私は師匠の部屋の扉を叩いた。


 私が警察を呼んでいる間に師匠は、おかみに連絡を取り、さっさと犯行現場に行きそこを封鎖した。白さんたち三人はにほと行動をともにさせ、私たちの部屋に隔離した。さすがというべきか師匠の行動は早かった。最有力犯人候補たる三人ににほと行動させ証拠品の隠滅を阻止したり、常備しているカメラで現場やその周りの様子を撮影したりと抜かりがなかった。

 この段階でどこまで行動できるかで報酬が変わるからな、と師匠なら真顔で言い放ちそうで怖いが。


 私たちの部屋。八畳ほどの狭い和室に、私とにほ、そして白さん、湯女さん、熱川さんの計五人が集まっていた。

 湯女さんは座布団に力なく座っており、その隣に呆然とした表情で熱川さんが腰を下ろしている。熱川さんは眼鏡をかけていた。湯女さんの手には、まだゴム手袋がされている。白さんは少し離れた位置で立ったまま、何か思案していた。 

「どうしてこんな……」
「一体、何があったんですか?」
 湯女さんの呟きに、私はそう訊き返した。

 返答してくれたのは、壁に寄りかかって何か考え事をしていた白さん。
「今朝早く、さっき包丁で刺されて死んでいた煙原さんを含めた私たち四人は、風呂に入りにいったんだ。それで二十分くらいした後だったかな、いきなり悲鳴が聞こえて。あの白い靄の中で何が起こったんだか最初はわからなかったのだけれど、声のした方に行ってみると、煙原が刺されていたってわけだ」
「うう……、歌ちゃん……」
 私はバッグからまだ使っていない綺麗なタオルを取り出すと、顔を押さえて泣いている湯女さんに手渡した。

「んじゃ、その時の様子を詳しく聞かせてもらおうか」
 部屋の入り口の前に立ち、横柄な態度で口を開いたのはにほだった。

 にほは、いろはの時には決して身から離さないイヤリングを外し、代わりにいろはのときは絶対に装着する事のない眼鏡をしていた。縁はなく、これは伊達眼鏡だ、と前にへとから聞いた事がある。ちなみに彼女の左耳たぶには穴が開いていないので、あのイヤリングはマグネット式か挟んで付けるタイプのものなのだろう。

 その様子に白さんは眉を顰めつつ、
「君、昨日会った子だよね? 昨日と比べると、さっきからずいぶん様子が違うんだけど。大丈夫? あと、いくら私たちが現場にいた当事者だとしても、わざわざ君たちのようなただの高校生に、悲惨な現場の様子を思い出させるような──」
「そんな心配は、まったく必要ない。僕たちは何度も殺人現場を経験している。素人じゃあないんでね」
「何度もって……。どういう……」

 にほは私の方を睥睨する。その視線の意味を察し、しょうしょう腹立たしく思いつつも私は自分のバックから一つの手帳を取り出した。

 その手帳は誰でも文房具屋で買える特に珍しい物品でもない。ただし表紙に押されている判子を見れば、誰でもこのノートがただのノートでないとわかる。

「私たちは探偵です。正確にはまだ探偵の卵ですが、幾度か殺人事件を解決した事がありますし、今現場を保存している人は私たちの師匠で、本物の探偵です。この『推理(すいり)草子(ぞうし)』がその証拠です」

 探偵の慣わしの一つに、常日頃から一つのノートを持ち歩く、というものがある。

 そのノートは『推理草子』といわれ、そこには自分が携わった事件の内容が詳細に書き込まれている。事件を解決したあと探偵は、その事件の概要を自分の推理草子に記載して初めて、その事件は自らが解き明かしたものだと誇れるのだ。

 最後まで書き終えた推理草子は事務所に大切に保管され、また新しいノートを買う。当然、書き終えた推理草子を何冊も持っていれば、それだけ探偵としての実績があるということだ。

 私の推理草子にも、『ツンデレ祭り殺人事件』『ヤンデレ教会殺人事件』『俺の嫁誘拐殺人事件』の三つの事件の詳細が、事細かに書いてある。

 表紙に捺印されているスタンプは、このノートが推理草子であると証明するために、師匠が押してくれたもの。探偵になるとそういった判子をもらえると、探偵育成塾で聞いた事がある。

 推理草子の形は書き込めればなんでもよく、手帳タイプの人もいれば、特殊な人は藁半紙に書く人もいると聞く。

 プレイベートを調べ回る探偵は、世間から批判を浴びる事が多々あるが、この推理草子を持ち運ぶといった習慣も、その対象になりやすい。単純に考えて、多数に渡る事件の、詳しい内容が記述された資料を、一個人が持ち歩くというのは極めて危険性が高い。盗難にでもあったら大変だ。

 しかし今の所はこの推理草子の保管も、探偵の力量を試す一つの材料として取りざたされるだけで、少なくとも私の周りでは主立ったトラブルは見ていない。


前置き

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