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第17回電撃小説大賞 4次落ち原稿晒し 3ページ目

小説
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『第17回電撃大賞4次落ち作品』迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件 3ページ目。


前置き



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迷宮入り探偵五十音姉妹の推理草子 ゆげ補正殺人事件


 脱衣所を抜けて風呂場に入ると、そこは銀世界だった。

 いや、待て何かおかしい。
 銀世界というのは雪の降り積もった景色をさす語だから、七月のこの時期に眼前が銀世界というのはありえないとか、そういう現実的な意味でおかしいのではなく、何と表現すればいいのだろう、とにかくおかしいのだ。

 脱衣所の時点でその異変は始まっていた。
 やたらめったら白いのだ。あっちこっちが。壁が白いペンキで塗られているとか、カゴやらドライヤーやらが白いとかではなく、白い煙があちらこちらに漂っているのだ。最初白煙かと思って思わず一一九番通報しそうになった私を止めたのは、隣でニコニコしていたいろはだった。

「おおー、これがかの有名な!」
 全身で喜びを表現しつつ、いろはは脱皮のごとく服を脱ぎすっぽっぽんになる。と同時に、どういう理論で動いているのかいろはを隠すように白い湯気が彼女の周りに集まり始めた。

「おほほほほぉー、たのっしー!」
 とまっ裸でくるくる回るいろは。タオルを一切巻きつけていないのに、湯気が絶妙に彼女の身体を纏っているおかげで、局部は露出しないように完璧にガードされていた。頭の先からつま先まで全部隠れているわけではないのが、かえってどこに目線を向ければいいのか困る。いや同性なんだから、別に変に意識する必要ないはずなのだけど。

 状況はよく飲み込めなかったが、いろはに促されたので、やや警戒しつつ服を脱ぐ。すぐに白い煙が私の周りに集まり始めたが、タオルで身体を隠すと、残念がるように身体から離れていった。どうやらこの方法で、煙を撃退できるらしい。

 その事がわかってほっとした一瞬のスキをつかれた。

「えいっ!」
「きゃっ!」

 何を血迷ったのかいろはが私のタオルを奪い取る。するとどうだろう。白い煙が一瞬で私の体に纏わりついてきたではないか。局部の写り込む余地のない、完璧な流動だった。その煙の動きはまるで昔テレビで見た、男性が裸で両手に桶を持ち、股部を桶で交互に隠す早業のようであった。

「な、な、なにすんのよ!?」
 煙のおかげで意味はないと理解はしつつも、両手で隠すべき場所を隠した私は、いろはに向かって吼える。きっと顔は真赤になっているだろう、ほのかに熱かった。

「だってぇ、せっかくこの“ゆげ補正温泉”に来たのに、タオル使うなんてナンセンスだよ。アニメはリアルタイムで見るのが、本は本屋で買うのが、ゆげ補正温泉には裸で入るのがマナーなんだよ」
「し、知らないし! タオル返しなさい!」
「やだよ~ん、ここまでおいで」

 いろはは脱衣所と風呂場を分けるガラス戸を開けると、元気よく飛び出していった。
「この~!」
 開き直った私は全力でいろはを追いかけるべく、ガラス戸の向こう側へ脚を運んだ。
 そして、目の前の銀世界を目の当たりにしたのである。


 ゆげ補正温泉。

 いろはがこの宿に来たがった理由は、どうやらこの温泉に入浴したいがためだったらしい。

 なんでも、アニメでお風呂のシーンが出てくると、登場人物たちの身体に不自然なくらい湯気が纏わりついて、大事な部分は視聴者に見えないように処理されるんだとか。わざわざ携帯でそのシーンを写メしてきたいろはが見せてくれた。確かに摩訶不思議な白い煙が、ヒロインたちの身体を包み込んでいた。

 そんな処理の手間をかけるなら、風呂の場面なんて書かなきゃいいのに、とさっき口を滑らせたら、アニメとお風呂は切っても切れない関係なの! と怒られた。

「深夜アニメには不自然なほど風呂のシーンがある、だがそれがいい」らしい。
 意味わからん。

 ここの温泉は、なぜか湯気が濃く、その道の人たちから“ゆげ補正”の聖地として崇められているとか。本当か嘘か知らないけれど、前に偉い学者さんが来て、湯気の調査をしに来たらしい。──湯気が濃いのは換気の問題か構造上の不備でもあるのでは、と思わなくもない。

 風呂場に足を踏み入れた私の耳に届いたのは、どんっ、という誰かが滑って転んだような音だった。ちなみにあらかじめ聞いてはいたが露天風呂ではなく、室内温泉だ。

「あっ痛いっ!」
「ちょっ、いろは!? 平気!?」
「えへへ、こけちった」

 真っ白で目ではわからないが、特にケガをした様子はないようだ。
「あのねl、ただでさえ滑りやすい風呂場でしかもこんなに視界が悪いのに、走ったらあぶないでしょ」

 ゆっくりいろはに歩み寄り、いろはに手を差し伸べる。いろはは私の手の平に自分の手を乗せ、うんしょっ、と言いつつ立ち上がった。彼女は風呂に入るときも、イヤリングをつけたままだ。安物でいくつも代えがある、らしい。防水加工はされているのだろうか。

 ん?

 その時、頭の中に何か違和感が過ぎったが、特に気になる事でもなかったのでそれはすぐに忘れた。

「ってか、タオル返しなさい!」
「はいはい、わかったよもー」
「はいは一回!」
「ぶー、うるさいなー。ちょっと遊んだだけじゃん。胸が少しばかし大きいからって、器量が小さかったら魅力度プラマイゼロだよ?」
「悪かったわね。器が小さくて!」
 とそんな風にいろはとじゃれ合っていると、少し離れた所から怒鳴り声が飛んできた。
「うるせーな! 風呂ぐらい静かに入れないのかよ!」
 てっきりいろはと二人きりと勘違いしていたが、どうやら先客がいたらしい。通常は脱衣所の時点で先に誰かいるのに気付くものだが、白い湯気に気を取られていたので、他に気を回していなかった。

 ちなみにいろはは、怒号が聞こえると同時に、私の後ろに隠れている。
「あ、すいません、他に人がいるのに気付かなくて」
「ちっ、まったく。これだから若い奴らは。ちょっとこっち来な」
 いけない。変なのに絡まれた。

 どうしようか一瞬迷ったが、無視するわけにもいかないので、しぶしぶそちらの方に足を進める。やや低い位置から声がするので、おそらく声の主は湯船に浸かっているのだろう。それと若い奴らとか言い立てているけれど、この声の主も女性にしては低音だが、けして年寄りの声色には聞こえない。

「どうかしたの? 煙原(たばはら)さん?」
 おっと意外。どうやらもう一人、登場人物がいるらしい。こっちのはやたらか細くそして消え入りそうな小さな声だった。こちらの声も湯船の方からする。
「それがよ! 風呂場の礼儀を知らない馬鹿がいるから、ちと説教をしてやろうと思ってな!」
「まぁ……。でもちょっとくらいならいいんじゃない?」
「よくねぇよ! こっちは気持ちよーく風呂に入ってるのにきんきん騒がれたら気分台無しじゃねーか! せっかく嫌なこと忘れられてたのに!」

 無駄にでかい声で話す煙原という人。何も知り合いにまであんな怒鳴るような音量で話さなくてもいいのでは。

 湯船の方に近づくと、あちらの様子が視界に入ってきた。場所によっては白い湯気の濃度が変わるようでそこは入り口付近よりは見やすかった。

 ここの湯船はL字型のようだ。煙原という人ともう一方は、隣り合って座っている。
「あのー、すいません。うるさくして」と私。
「……ごめんなさい」といろは。

 口調を間違えるとややこしくなりそうだったので、あくまで下手に出て話す。正直、余計なトラブルは勘弁してほしい。こっちだって旅行で来ているのだから。

 片っぽが、きっ、と私たちを睨みつけた。こちらが煙原という人か。やや黒い肌に短めの茶髪。
 もう一人の方、名前のわからない女性は、白い肌にロングの黒髪。声のイメージ通りのつついたら割れそうな弱々しい相貌だった。

 煙原でない女性はこちらに両目を向けると、にこりと静かに笑い話しかけてきた。目元を細めている仕草をしているので、あちらからはこちらが見えにくいのかもしれない。

「こんばんは。私は熱川菜草(にえがわなぐさ)。こっちは煙原歌(うた)といいます。よろしくね」
「あ、はい、こんばんは。私は天土星空。こっちが五十音いろはです」
「…………………………煙原さんのことは気にしないでいいよ、えーっと、天土さん? 煙原さんはいつもこんな感じでずばずば思ったこと口走っちゃう人だから」
「はぁ、そうですか。それじゃ、私たち身体洗ってくるのでこれで」
「…………………………うん、そうね。湯船に入る前に身体洗うのは基本だもんね」

 何だろう。私が話しかけてから返事が返ってくるまで、ややタイムラグがあるのが気になった。
 ちらりと煙原さんの方を見ると、何か口に出しそうではあったが、ふんっと鼻を鳴らしただけで特に言葉は出てこなかった。

「あ、そうだ。ここ、滑りやすいから走らないようにね」
 と熱川さん。

 もう転びましたよと言い返そうとした私は、ん? どういう意味だろう、と熱川さんの言葉に首を傾げたが、持ってきたシャンプーなどを脱衣所に置きっぱなしと気付いたので、単純にはいと返しつつ、風呂場を一旦出る羽目になったのであった。


前置き

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